私は朝ドラが見れない

だいたい長続きしない。

あいいろ行商人02

 

 予兆02

 

 

 グラン村は知り合いばかり。名前は知らなくても顔は知っていて、それも猟師さんちのお父さん、木こりさんちの奥さん、大工さんちの息子さん、先生んちの先生、なんて具合にその家が何で生計を立てているかの特徴で大まかにわかる。もちろん、皆が皆、全員仲良しとは言い難い、関わりのない人がいるのも事実だった。しかし、グラン村の人々は村の東に位置するグラン山の毎日少しずつ雲の流れや天候が変わり、季節によって顔をがらりと変えても尚、そこに何百年とあって今や昔の生きる村人達がグラン山を見上げるのが日課であることは変わらないだろう。大きい村ではないが、東に山、西に森、南の湖、北の草原に加えて気候があった羊や山羊が育ちやすく、チーズやミルクがよくとれる。これがちょっとした名物で隣町から月契約で商会が買い付けにやってくる。買付ついでに羊毛と織物も買い取ってくれるので村はそれなりに潤っていた。

 昔の大人が偉かったのは、そこで大儲けをしようと思ったことではなく、村の子ども達へ学ぶ機会を与える為に学舎を立て、国に教師派遣の要請を出したことだった。この村で高等学問を学ぶ施設はないが、稀に賢い子どもが村を出て行くこともあった。

「頼られている証拠じゃないか」

「違うわよ、デミ。人手が足りないの。うちには余裕はないから、私が働けるようにならないと」

 ドミトリスは私と同い年の十五だった。デミのお父さんは細くて背も低いが村一番の猟師だった。山に入ると一日中帰ってこない、長い時は一週間程いなくなる。そして必ず鹿や熊、野兎、猪を捕まえて帰ってくる。時々、デミのお父さんの体のふたまりは大柄の獣を仕留めるので村一番勇敢だと一目置かれるお父さんだった。

「リーンはしっかりしてるなぁ」

 私とデミは小さい頃から一緒で村を駆けまわって遊んでいた。他にも友達はいたけれど、同じ年に生まれたことが私達に近しい感情をもたらしている。ほぼ家族同然の付き合いのある私にも素直に褒めるところは彼の美点だった。

「きっとできるよ」

「……でもさ、不安よ。店のお金を間違っちゃったらって想像したら……」

 ふわりとした黒髪をかくのはデミの癖だ。しかし、その時にふけが落ちるのは彼の駄目なところだ―― 彼は猟師見習いをしていて、山に入る時は獣に警戒されないように何日も前から風呂や石鹸の類を使えないので仕方のないことだが、やはりちょっとだけ不潔だった。

「もし俺が父ちゃんに一人で狩りに行けって言われたらすっごい喜ぶけどね」

 デミにとってお父さんは誇りだった。野兎や山菜、きのこをとったり、罠を仕掛けることしか許されず何年もそうしていたデミだったがお父さんの悪口は一つも出てこない。私なんてお転婆なエリィに困った時や、エリン母さんと喧嘩した時なんてしょっちゅう陰口を話しているのにデミにはそれがない。

「一人前みたいでカッコいいじゃん」

 どうなんだろう、本当かなぁ、と思いもするが、それ以上反対の言葉を並べたら今以上に隣町へ売買をすることへの抵抗感が増しそうだった。デミにカッコいいと思われたのならそれで良しとしなければいけなかった。

「そうよね、頑張ってみようかな」

 次の春で学舎を卒業して、同じタイミングで私達は大人になる。そう思うと、残された時間が限られているのだと突きつけられるようでもあったが、現実味はない。私はデミの家で貰った獣よけのベルとこの村で伝わる匂い水―― なかなか匂いがキツくて、ふりかけると三日は匂いが抜けないのだが、デミのお父さんが作った匂い水は不思議と隣町に着く頃にちょうど匂いが消えるので、村の人たちはデミのお父さんの元へ匂い水を買い求めている―― を入れている籠の取っ手の感触を確かめるように握る。

「いつ行くの?」

「明日の夕方」

「リーンちのおじさんも急だなぁ」

 おじさんはいつも急だ。買い付けが必要だと思ったら急に出発するし、今回の件だって十分あまりの問答で決定したことだった。

「じゃあキャンプだな」

「そうなのよね」

 隣町は大きいのでマーケットがある。マーケットと売り場の契約をしている人達は別として、売り場を持たない人向けに空いた場所の受付は朝の八時から始まり、マーケットが開くのは九時だった。どこで売るか決めていなかったが、売買と言えばまずはマーケットを頼るのが良いと信じていた。しかし、そのためには朝に出発したらマーケット受付に間に合わないので、前日の夕方に出発することを勧められた。

「気を付けて行ってこいよ」

 デミはお父さん譲りの痩せ気味だったが見送りの道まで来て、ひらひらとふった彼の手は弓や短剣を握ったごつごつとしていた。

 夕陽が西の森の奥へと沈んでいく。眩さに包まれた村の全体像は霞みいく景色を見ながら、明日には沈む太陽を追って出発しなければならなかった。いつも身に着けている藍色のローブの裾を切なく握りしめた。