私は朝ドラが見れない

だいたい長続きしない。

あいいろ行商人03

 

予兆03

 

 

 織物、羊毛、チーズ、ミルク、それらはグラン山周辺に茂る水と陽をたっぷり浴びた草は爽やかなツンとした匂いがする。旅人の応急処置の薬草や健康にいい茶へ煎じ、腐食を抑える防腐剤代わりになる薬草も需要がある。家によっては摘んできた薬草を煮て、乾燥させる手作りの家もあったが、工房の巨大釜で一度に煮詰めた方が香りや鍋の火加減も間違いがない。

昔、おじさんがやって来て、あばら家に近い工房を直しながら最初に教えて貰ったのは薬草の作り方だった。長い茎は手でちぎり、葉の裏に虫の卵や虫食いがないかを確認して、陽に透かして葉の良し悪しを見極め、大きさと香りと厚みと劣化具合によって上・中・下に仕分けする。そういった数々の手間をかけて薬草を作る。薬草を煮る日は朝から火の番をして、鍋の前から離れられない。どんなに友達が遊ぼうと誘いをかけてきても薬草を煮る時だけは工房に引きこもる。それを七つか八つの頃から手伝っている両手はどうやら薬草の匂いが染みついているようで、隣町の知り合いに会い爽やかな匂いがすると言われることがあった。

薬草十枚を一束にして薄い木の皮で包む。在庫を計算すると八〇もあったので、リュックが両肩に負担をかけてくる。

「さぁ、そろそろ森だよ」

陽が落ち始めた道を先に行く影法師を追いかける。一人だと思っていた隣町への用事は、村一番に菓子を作るのが上手なエレナおばあちゃんと同行だった。女が二人になっただけ、子どもと年寄りで、何かあったらどうしようと不安になっていたが、エレナおばあちゃんは顔に深く刻まれた皺に反してぱんぱんにつまったリュックを背負ってしっかりとした足取りで進んで行き、そこに不安や迷いの一切がなかった。

「エレナばあちゃんはよく隣町に行くの?」

「塩と砂糖、それにチョコレートを買わないと美味しいクッキーが焼けないよ」

 グラン村は気候がよく、食べ物も豊富だったが、塩はなかった。たった三人で切り盛りしている村役場が隣町の商会から一括で塩や砂糖、その他の嗜好品を含めて仕入れていたが、不足した分は行商や月に二度やってくる商会への買い付けが必要だった。

「自分の目で見ないと美味しいものは作れないのさ……、さて、そろそろローブを逆にしなさい。森に入る時はわかっているね」

 藍色のローブの裏地はイエロー草と呼ばれる淡い黄色の花で染められた真逆の色だった。少々奇抜な裏地の色はあまり好ましくなかったがが、獣と勘違いした猟師の矢に射抜かれぬよう森のなかでは人工的な不自然な黄色を表に返して着るのが習わしだった。

「これでよしっと」

「ああ、そうだ、それでいい。リーンは夜の森は初めてかい?」

「初めてかな。いつも朝か馬車だったから」

 運が良ければ商会の馬車に乗って隣町まで送って貰える。馬車は早く、隣町に三時間で到着するが、大量の積荷で座れるスペースは限られていたのでチーズや羊毛の麻袋を潰さぬよう座る場所を決めないといけない。おまけに馬車の揺れとチーズ臭さにやられて気持ち悪くなることもあった。

「そうかい。夜の森は月が真上に来た頃に一度休息を挟むのさ。疲れは体によくない。しっかり休まないといざという時に目が使い物にならなくなる」

 森の途中には村人や旅人が使う休憩用に拓けた場所がある。大人三人で狭い小屋だったが雨風を避けることができるそこが今日のキャンプ地だった。

「ばあちゃんはどうやって物を選んでる?」

「どうやっても何も見れば商品の良し悪しくらいわかるだろう」

 お店で物を買う時、畑から野菜を選ぶ時、どれがいいかを見極める。それは確かに日々のお使いで自然に身についていたが、今回ばかりはこちらが選ばれる側だった。

 摘みたての薬草に下処理をして、綺麗な湧き水で一晩かけて煮つめ、乾燥させ、丁寧に処理をして作る薬草は手間がかかっていた。村や時々やってくる商会の人や旅人には好評だが、彼らは皆、自ら求めてやって来た人々だった。私はいつものように作った薬草を工房で並べて待っていればそれなりに売れて、残った売り物にならないものを家で使う。工房と家とお客さんで成立していた小さなサイクルを巡っていた薬草はこの森を抜け、隣町のどこかに並ぼうとしている。私たちだけが知っている秘密が他の人にも知られてしまうような口惜しさを感じるが、もしも全て売り切ったのなら嬉しいのだとも思った。

「どうやって売ったらいいかなぁ」

「どのような形であれ、まずは見て貰わないことには始まらない」

 私たちは歩く度に獣除けのベルががらがらと鳴っていたが、お年寄りにしては声の通るエレナばあちゃんはハッキリした声で続ける。

「丹精尽くしたモノなら誰かは気に入るさ。後ろめたいモノじゃないのなら、どこかに必ず需要はある。それをみつけるのが難しいのだけれどね。恋人を探すようなものだよ」

「恋人探しとはちょっと違くない?」

 高い木々が空へ向かって背伸びをした空には暗がりが広がっており、徐々に道も見通しが悪くなってきた。エレナばあちゃんはリュックに下げていた六角柱のランプにマッチで起こした火をともす。手元は明るかったが、それが逆に森の暗がりを深めた。それでもばあちゃんは低いが高らかな笑い声を響かせた。

「何せよチャンスは都合よくやってこない、こっちから迎えに行かないとならんさ。若い男と同じだね、怖気付いて女に声すらかけやしない」

 ブーツの底で土がぬかるみ、木の枝が爪先にあたって転がった。夜の森はひっきりなしに鳴り続けるベルの音で騒がしい。動物達の眠りを覚ましてしまうのではないか、こんな人間は厄介だと関わるのを面倒臭がっているだろうか、エレナばあちゃんは闇を恐れない。視界が暗がりに染まるのであれば、音で私は此処にいると主張している。涼しさを纏う風がローブの裾を揺らした。

 初めて通る夜の森がお喋りでこうるさいエレナばあちゃんでよかった。一人であったのなら売る方法を考えすぎて道を見失っていたに違いない。次から次へと出てくる話題の乱射にいささか興奮気味に応えていた。歩き難いくねった道、横切った子ぎつねに驚き、下ったと思ったらまた上る、それを何度も繰り返しては膝がじんじんしていたが、やがて森で人が手を加えたと明らかな拓けたキャンプ地の小屋が闇夜からぼんやり浮かび上がった。