私は朝ドラが見れない

だいたい長続きしない。

朝活。夜の時間を朝に割り振ってみる。

 

朝活をしてみよう。

できるなら可能な限り寝ていたい。

小学生の頃、部屋にテレビがなかったので居間でゲームをしたりしていたんだけど、両親が帰ってくるとゲームをやめないといけなかったので、考える小学生、考え抜いた末に朝の5時半に起きてゲームをやっていた。

あの頃は目標(欲)が怠惰に勝っていた。

また、小学校4年かそれくらいの頃に学校行事としてのマラソン大会が廃止されたにも関わらず担任が「クラス内でマラソン大会をしよう!」などとほざいた。未だに何ほざいてんだよボケって言ってやりたい。

怠惰で運動が苦手だった私にとってマラソン大会=恥さらし・つるし上げでしかなかったので考え、考え、本当にどうしようもなく嫌ではあったのだがクラスのマラソンでビリだけは避けたさが勝り、朝の5時半に起きて近所の公園を走っていた。

あまり覚えていないけれど1、2週間は続いていた気がする。

この時に夕方ではなかったのは、学校から帰って小学生なりに疲れている身に運動なんてやりたくなかった。

恐らく、帰宅=遊ぶ時間だった。

(そもそも運動は苦行だったので、鬼ごっことかああいうのすら受け付けることができなかった)

この感覚が抜けていないので家に帰ると運動も、勉強も、何も出来なかった。

家が好きかというとウーン?って感じなのだが、家に帰るととにかく何もしたくない子どもだったし、今でも家ではなるべく何もしたくない。

だからもういっそ何処かへ出かけた方が性に合っている、家ではのんびり過ごす、娯楽を楽しむ以外をしたくない。

 

なので、朝活を始めた。

いやいや、家では何もしたくないって言ったやん!

そうじゃないんだよ、朝起きて、時間に余裕があるこの余裕が大事なんだ。

夜家に帰って時間をやりくりしているうちに「ああもう一日が終わってしまう」軽い絶望感よりも、

朝起きて「わぁ!まだこんなに時間がある!」方が得をしたような気持ちになれる。

きっと小さい頃からそういう所があるので、どちらかと言えば朝活は私に向いている。

ただ、その続けようという意思がどこまで続くのかが問題。

何かを続ける、習慣にするというのは努力と忍耐しかない(軌道に乗ってしまえば負担は軽減すると言え)

あ~~、いつまで続くかな。

 

一つの目安としてなるべく朝にブログを投稿してみよう。

こういうのは気持ちが大事、続けることに固執せず、とりあえずチャレンジすることが大切なんだ。

とりあえず弁当を作り、20分ほど近所を散歩して、こうやってブログを書く1日だけでも小さな目標を潰しているようで達成感がある。

 

これが書き終わっても時間があるし、ゲームでもしよっかなぁ。