私は朝ドラが見れない

何事も、長続きしないのです。

掃いて、また掃いて

掃除機の調子が悪い。

ホームセンターで小さい箒(学生の掃除時間にゴミを集めるような小さいやつ)で

部屋の隅からゴミを掃いて、集める。

小さい箒なので上半身を屈めて、腰をじんじんさせながら掃いていく。

無心で掃く。

掃いて、くるんと丸まった髪の毛がちょっとずつ集まって、また掃いて、埃なんかは灰色の小さなガスのような靄みたいに体積を膨らませていく。

無心で掃き続けて、最後は掃除機で吸う。

たったこれだけのことなのに小さな悩みを掃いて、また明日頑張ろうと思えたりする。

毎日仕事に行って、帰って、ご飯を食べて、ぼーっとして、スマホなり何なりして時間を潰して、寝て、朝が来て、だけを繰り返すよりも、

10分もない時間を掃いて、掃いて、嫌なことをはらうように掃いている時間とか、

そういうのが私には必要なのかもしれない。

 

not benkyoooooo

 

どのような内容であれ、ブログを毎日続けることをベースにやっているので、

帰って勉強をしないといけないのが重くのしかかってくる。

あれを書こう、これを書こうと以前なら思えたことが思いつかない。

何らかの主張、考えをブログに書くためにやっているのに。

 

勉強があるからブログをやめてしまう、っていうのはすごく嫌だ。

なるべくどちらもやるようにしたい。

こんな短文だけど、投稿する、とにかく投稿することを続けよう。

 

理由あって

理由あって勉強をしないといけない。

勉強なんてしたくない。

どうしてもしたくない。

本当にしたくない。

 

けどやらないといけない。

とりあえず30分、されど30分頑張ってみた。

あ~~~~~、もうやりたくない。

やりたくないことはやりたくない。

けれど、やった方が将来的に得するのは目にみえている。

損得の実感問題的にはやったほうが良い。

どちらかと言えばやったほうがいい。

 

ひたすら暗示をかけて勉強をしている。

30分の勉強に暗示をしないとできないのか?

できないんだなこれが。

とりあえず30分頑張った。えらい!

 

小学校低学年並みにちょっとやっては偉い!天才!と褒めてどうにかモチベーションを保つしかない。

とにかくやっていこう。大丈夫、やればできる。大したことないよ。案外あっという間だよ。そう暗示をかけて。

 

せっかくブログが続いているのに…。ブログを書いて、のんびりする時間も確保しないとブログをやめてしまいそうだ。

がんばれ、がんばるんだ、どうにかしがみついていくんだ…。

岩盤浴で読書

 

日曜日の朝は、近所のお風呂に行って岩盤浴で本を読む。

捗る時もあれば、めっちゃ眠くなる時もある。

何かをする時って「これしよう!」って鋼の意思があればいいんだけど

そんなもの持ち合わせていないので

とにかくそれしかできない暇な環境に身を置くのが向いている。

岩盤浴中ってスマホは持ち込めないから本を読むくらいしかやることがない。

普段はなかなか読もうとしない積み本をこの時にガッと読んでしまう。

 

まぁ、内容はあんま覚えてない。

情緒ジェットコースター

 

うまくいかない時はとことんうまくいかなくて、

失敗の後に連続して小さな失敗が起きることでとてつもなく自分が不幸なんじゃないかと落ち込んでくる。

時間が過ぎて、気持ちが上向きになれば「あの時はどうかしてた」と冷静に見れるが、

落ち込んでいる時はそうもいかない。とにかく落ち込む。

 

落ち込んだ時は時間が解決してくるのでじっと待つのが一番だけど、

今回は落ち込む事と、嬉しい事の両方がいっぺんにやってきて情緒が乱れに乱れまくっている。

落ち込む事は数日間悶々としていたことで、

嬉しい事はここ数年ではそれなりに嬉しいことでもある。

 

良いことなんだけど、良くはないような…。

どちらに転べばいいのか微妙すぎる。

 

う~~ん、乱れてます。

 

 

あいいろ行商人04

 

予兆04

 

 

 

 森に建てられた小屋は雨風をしのぐことを重視しており、その寝心地は最悪なものだった。それでも深く寝入っており、エレナばあちゃんに起こされた頃には東の木々に微かな光がぼんやりと滲んで剥がれかけた木の皮や葉が朝露で濡れてきらきらと光っている様が見てとれた。全身で伸びたり、縮んだりを繰り返して体を起こす。まだぼんやりとしたままでいるとばあちゃんが手早く起こした火に胡桃のパンをあてて温める。柔らかいパン生地を練るように細かい胡桃の粒が歯にあたって何とも美味しかった。ほのかに甘い胡桃に塩が入ったパンを食べていると次第に頭が目覚めてくる。のろのろと朝ご飯を食べ終えようとすると、ばあちゃんは既に支度を済ませているのかリュックを背負っていた。慌てて薬草のつまったリュックを背負い、最後の一口を大して噛みもせずに飲んでしまった。

 朝の森は肌寒く、ローブの裾を何度も下げては少しでも全身から熱を逃さないようにする。ただ、その涼しさを嫌がるかと言えばそうでもない。森林の爽やかな香りが体の奥底にまでしみわたるような爽快さがあって、深く呼吸をする度に森の一部になった。濡れて粘土質になった土を避けて草の生えた場所を選びながら歩き続けると森は更に明るくなっていく。夜の黒が朝の橙に上塗りされ、更に溶かした白を注ぎ込まれた色彩が、影が木々にしがみついていたが、その影すらも踏み台にして朝焼けは輝きを放っている。

 いい朝だった。何かが始まろうとしている。確信はない。けれど、ぼんやりとした頭でそのようなことを考えながら、しっかりと地面を踏みしめる。

「ほら、もうすぐだよ」

 凹凸が目立ち、道と森の境界が曖昧な獣道のような足元が徐々に広くなっている。やがて木々の間隔が開いていった先に森が途切れた。緩急をうねるように連なっては下り坂で途切れてしまう道が続く先に目的地があった。これまで豊富にあった自然が嘘のように拓けた平地に石や煉瓦の建造物群が密集しているが、それは都会のようなごみごみした感じはなく、人々が自然と肩を寄せ合って集まってきたような自然的な人工っぽさのある優しい町並みだった。遠目にもマーケットを象徴するカラフルなテントが集まった場所が見えた。売買に来たのに、何を見て回ろうかと期待している私がいた。

 

PBC

青春時代に何に打ち込みましたか?

部活、趣味、勉強、娯楽、などなどなど。

 

私は中高をPBCに費やしていた。

PBC Play by chatだったかな。

チャットでロールプレイをする、なりチャと言われた時代もあったそれ。

既存のキャラクターになりきってのチャットではなくて、

オリジナルキャラクターを作成して、誰かのオリジナルキャラクターとチャットをして、

物語を進める形式のチャット。

TRPGよりも核となる物語は決まっていなくて、

昔やっていた頃は、個人のPBCのHPを利用させて頂いて、そこで部屋に入り、二人ないしは複数で順番に物語を進めていく。

私が通っていたサイトはプロフィールに推奨形態(ほのぼの、シリアスなど)や非推奨(バトル、恋愛など)を入力して、

相手にマウントをとりすぎず、相手のキャラクターには必ずプレイヤーがいることを前提に譲り合いの意思を推奨するサイトさんでやっていた。

一緒に物語をすり合わせていく形態がとても楽しくて、

時にギャグ、シリアス、バトル、恋愛など様々なチャットをしていた。

台詞だけの人もいたけれど、通っていたサイトでは小説形態が多く、すごくおもしろかった。

 

中3と高3の受験時を除いて私はこのPBCにドはまりして、色々なサイトを巡っては遊んでいた。

初めて絵を描いて、プロフィール欄にキャラのイメージイラストをあげたのもそこだった。

そこで誰かと交流したりは無かったけれど、皆が皆、自分のキャラクターを大切にしていてすごく居心地がよかった。

オリジナル小説を書いたことはなかったが、何かの切っ掛け(この場合はPBCの相手さんのキャラクターの行動)でたくさんの物語を展開させてきた。

すごく楽しかったなぁ。